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ゲーム好きマイペース人生の軌跡:年輪日記

就職して子供も生まれて…と、気がつけば10年以上。マイペースなゲーム好きの日常を綴ったブログです。

鉄血のオルフェンズ最終話 感想 「ここではない何処か」はゴール地点ではなく、今を懸命に生きようとした、まさにその生き方にあったんだ——。

「ここではない何処か」はゴール地点ではなく、今を懸命に生きようとした、まさにその生き方にあったんだ——。

 

僕が感じた、最終話のメッセージです。

 

だから、誰も「間違ってなんかいなかった」。

 

トータルで見るとラスタル圧勝なんですが、ミカたちはミカたちで信じたもののために全力で駆け抜けたわけで、この全力を出し切った感に到達できたかという点で見れば、彼らは負けていなかったわけです。なぜなら彼らは唯々諾々と使われるばかりだった宇宙ネズミの時代を飛び越え、自分たちの好きなように生きることができたから。恐らくはマクギリスも、これは同様です。

 

最終話、これ自体は悪くない落とし所だったと思います。ラスタルが徹底した実利主義で火星をあっさりと手放しクーデリアに任せるところも、クーデリアがラスタルを恨まず手にした権限で、彼女ができる戦いを続けていることも。

それとアカツキを見ると、命はつながっていくんだというのをしっかりと感じられます。

 

ダインスレイフで一掃されることはたぶんアレでいいんです。視聴者的にはすごくフラストレーションが溜まるけど、ジュリエッタや他のMSに倒されるよりも、理不尽で手の届かない場所からの一斉射撃というのは、バルバトスの最後には相応しかったのではないかと思います。なぜなら、死のキワにこそ、ミカはたぶん、今ここが、オルガたちと過ごしたここがコールだったと気づくことができたであろうから。

 

しかし本当に惜しむらくは後半の展開で、マッキーと鉄華団の行動に納得感がなかったために、最後のキワですら、無駄に見えてしまっていることです。ここさえきちんと描けていれば、間違いなく名作になったでしょうに…。

おそらく一番評価が割れるのはここだろうなーと思います。納得感って大事…。

 

そんな、惜しさを感じる最終話でした。

鉄血のオルフェンズ48話の感想 もう駄目かもしれないと思いつつ、わずかな期待を…

衝撃的な最後となった48話ですが…ここ最近の展開が本当にひどくて哀しい…。

ひどいというのは残酷という意味ではなく、稚拙という意味です。

 

このブログを読んでくださっている方は僕がかなりオルフェンズを評価し続けており、かつ前期最後のMVPをマクギリスとしていることもご存知かと思います。

ただここ最近のマッキーの手は下策続きで、何より納得感が欠如しています。そもそもあれだけ緻密に準備してきた人間が、バエルなんていうたかがMS一機で強大な組織を掌握できるなんて本気で考えるでしょうか? いや、ない(笑)

 

クーデターがあそこまで行ったなら、セブンスターのメンバーの身柄を拘束して、脅迫してでも組織を動かすのがマッキーであるべきだと思うんですよね。そもそも友人であったガエリオを殺した時点で、それ以外の人間にかける情けなんてなかったはずです。リスクというリスクは潰すべきで、セブンスターのメンバーがいうことを聞かないのであれば、その時点で処分してこそのマッキーだったはずなのに。

 

そして48話ラスト。

鉄華団のマーク入りのジャンパー羽織ったまま外に出て、防弾対策もないまま撃たれて終わりとか、これはないなーというのが素直な感想。

このシーンが何も起こらずに過ぎたなら、別にマークが入っていようが気にもしなかったのですが、最期の花道を飾るにしては雑過ぎる…。

 

というわけで、このあと持ち直せるかとても心配です。せめてミカとマッキーには相応しいラストを用意してあげてください…。

 

 

 

 

【ニーア・オートマタ】エンディング後考察:人類の存在しない世界での最大限の人間讃歌

ニーアオートマタをEエンドまでクリアしたので、一通り見た上での考察とテーマを自己整理しておきます。

アタマから激しくネタバレ前提ですので、まだクリアしていない方は回避推奨です。 

ニーア オートマタ - PS4

ニーア オートマタ - PS4

 

 

さてこの作品のテーマに触れる前に、ある程度要素の整理を行っておきます。

もともと僕自身は「細部の設定の辻褄よりもシチュエーションのほうが大事」だと思ってはいるのですが、ある程度設定を踏まえたほうが、テーマを理解しやすいためです。

 

エイリアンと機械生命体の正体

主人公2Bたちアンドロイドの本来の敵であるエイリアン――。

彼らはいったい「何者」だったのでしょうか?

仮設としては以下の通りです。

1.黒文病で滅ぶ前の本来の人類、それに連なる「オリジナル・ゲシュタルト」による「環境保全システム」

これは前作「ニーアレプリカント」、かつその設定資料集「グリモア・ニーア」に完全に依存しますが、この設定資料集の中で、「神話の森」と「ロボット山」の存在理由が示されています。

  • 「神話の森」の木々:実は人類再生のためのゲシュタルト計画の地区管理をするネットワーク端末で、管理地区において計画破綻が生じた場合の後始末と凍結を司っていた。
  • ロボット山のロボット:計画破綻の際に、異常をきたしたレプリカント(人間の器)を始末するための装置だった。
ニーア ザ・コンプリートガイド+設定資料集 GRIMOIRE NieR (電撃ゲームス)

ニーア ザ・コンプリートガイド+設定資料集 GRIMOIRE NieR (電撃ゲームス)

 

 「ニーアオートマタ」の中で機械生命体のコアは植物細胞のようなものとして描かれており、かつネットワークに接続して全体として機能しています。

これはほぼ「ニーアレプリカント」の神話の森とロボットのイメージとイコールです。

この点に関してはすでにsyumiさんがブログにて素晴らしい洞察力のもとにすでに喝破されています!

【ニーアオートマタ、ストーリー考察】人類の謎、塔システムの正体、機械生命体の真実とは?

この中でsyumiさんは「そもそもエイリアンの存在そのものが偽装で、神話の森の巨大樹が背後の存在で、すべてはロボットとアンドロイドの自己進化のために用意されたロジックだった」とされており、これはこれで非常に可能性のある結論だと思います。

ただここではそれを踏まえつつ、もう一度事実関係を整理をしてみたいと思います。

 

上記を踏まえるとエイリアンの正体は「ゲシュタルト計画」を推進していたオリジナルの人類ないしそれに属するもので、機械生命体はその意志を継ぐ「地区管理システム」なのではないかと考えられます。

これは対立の図式が「エイリアン(オリジナルの人類)v.s.新人類(レプリカント)」とすると、非常に説得力があります。レプリカントであるニーアやカイネを慕うエミールが身を削りエイリアンと戦ったこととも一致します。

 

しかしこの際に矛盾が生じるのが、アンドロイドたちの立ち位置です。

デボル・ポポルが「ゲシュタルト計画」の管理遂行を目的としていたように、そもそもアンドロイドも本来の人類により、計画管理のために生み出されています。そのためもし上記図式が正しいのであればアンドロイドはエイリアン側に立つべきであり、「ロボットv.s.アンドロイド」という図式は成り立ちません。

またDエンドにてロボットのネットワークの統合存在である赤い少女(N2)がもともと「白い塔」を月の人類サーバーを破壊するために建造していたことを踏まえると、明確にロボットたちの当初目的がアンドロイドの破壊にあったと考えられます。

 

ここから導き出せる仮説は次の二つです。

2-A.ゲシュタルト計画推進側で、ロボットとアンドロイドで内部分裂があった

2-B.エイリアンは本来人類とは関係なく、本当に外宇宙から飛来した敵だった

 

2-A.ゲシュタルト計画推進側で、ロボットとアンドロイドで内部分裂があった

グリモア・ニーア」の中で、自我を持ちかつ存在意義に意味を見いだせなくなった「神話の森(ネットワーク端末)」は世界を破壊しようとしています。

これをベースに考えると、もともとオリジナル人類の設けた仕組みであった機械生命体とアンドロイドが、「人類復活を諦めた機械生命体派」と「人類復活に僅かな望みをもったアンドロイド派」に分かれて闘争を始めたとも考えられます。

その際に両者が全体の組織統制および末端のモチベーション維持として用意したのが、機械生命体にとっては「エイリアン」であり、アンドロイドにとっては「月に退避した人類」だったという仮説です。

ただその場合、機械生命体ネットワークが人類に対する知識が不足している(=学習途中である)点が気になります。もともとがオリジナル人類によって用意された存在であるならば、はじめから一定の知識があっても不思議ではありません。しかしながら「ニーアオートマタ」の作中で、明らかに機械生命体は人類に関して学習途中であるように描かれています。また「えほん」に描かれていますが、機械生命体の親はエイリアンであり、そこからの独立(=自由意思の獲得)があってこそ、本作のテーマに沿う気がします。

2-B.エイリアンは本来人類とは関係なく、本当に外宇宙から飛来した敵だった

となると、エイリアンは本来人類とは関係なく、本当に外部から飛来した可能性が強くなります。つまり「エイリアン(外部存在)および機械生命体v.s.人類(オリジナル人類の残滓とその体であるレプリカント)およびアンドロイド」という構図です。

機械生命体のネットワークと「神話の森」の類似性については、もともとあった機構をエイリアンが利用したなど様々な解釈の余地がありそうですが、その他の矛盾点はある程度解消されます。

そのためここではこの構図こそが出発点だと考えたいと思います。

 

しかし機械生命体が自己進化の末に自由意思を獲得し、エイリアンという創造主(神)を殺し独立することで、いつしか構図は「機械生命体v.s.アンドロイド」という、エイリアンも人類も存在しない領域にシフトします。

創造主を失ったことで機械生命体にはアンドロイドと戦う理由もなくなるはずですが、そこはN2たちが語っているように、闘争の中で生み出される進化を促進するため、アンドロイドという存在を利用したと考えるべきでしょう。

一方のアンドロイドたちは、僅かな人類の復活のため、あるいは仲間の復讐のため、機械生命体との戦いを継続します。作中でヨルハ計画以後の新世代アンドロイド計画に触れられていますが、もはやこの計画を推進しているのが人類の残したプログラムなのか、戦いの中で上位アンドロイドたちが自発的に生み出していったのかははっきりしません。

こうして当初の意味を失った戦いは、継続されていきます。

ここまでが作品の大前提。

そしてその中で2Bや9S、そしてアダムやイヴがイレギュラーとして輝くことで、変化と終焉が訪れます。

 

「人類の存在しない世界での最大限の人間讃歌――。」

上のような背景を踏まえ、この作品のテーマが何かといえば、人間讃歌にほかならないと思います。

それは「存在する意味」ではなく、「心から湧き出る想い」と「可能性」への讃歌です。

 

作中では末端の機械生命体も、アンドロイドも、真実を得ることで自己存在の意味へ疑問を持ち、葛藤、絶望していきます。

しかし最後に機械生命体はその砲台を自分たちの記憶を運ぶ方舟に変え、A2は2Bの意思を尊重し9Sを救うことを選び、そしてもっともシステマチックであった随行支援システムが本来の責務に反して、2B、9S、A2の保存を図ります。

そもそも存在理由なんでどうだってよい、今この想いと、僅かな可能性こそが尊いんだ――。

それこそがこの作品のコアなのではないでしょうか。

 

もともと生物は種の繁栄のみをその目的としており、そのために多様性の獲得と生殖機能があります。ただ人間は多様性の獲得が行き過ぎた結果、そもそもの目的である「種の繁栄」に留まらずに哲学を生み出し、宗教を生み出し、さらにその先に進もうとしています。

「ニーアオートマタ」の中ではすでに人類は滅んでいますが、その中で歌われるのは、まごうことなき今を生きる人間への讃歌だと感じます。

 

 

昨今AIに注目が集まり、米国電気電子学会(IEEE)が倫理要項などを発表していますが、もしかするといつか、2Bたちのような存在が現れるかもしれませんね。

 

追記:どうやら設定資料集が出る模様。 

NieR:Automata Strategy Guide ニーア オートマタ 攻略設定資料集 ≪第243次降下作戦指令書≫

NieR:Automata Strategy Guide ニーア オートマタ 攻略設定資料集 ≪第243次降下作戦指令書≫

 

 

 

迷子や忘れ物防止に役立つグッズ

目を離したすきに子供がいなくなっていたり、財布を忘れるのを防いだりしてくれそうな次世代グッズ、紛失防止タグが徐々に出始めています。

いま個人的に注目しているのが、MAMORIOという国内のスタートアップ。

 

MAMORIO BLACK (マモリオ ブラック) 世界最小級の落し物防止タグ 重量3g

MAMORIO BLACK (マモリオ ブラック) 世界最小級の落し物防止タグ 重量3g

 

 シンプルで無駄がなく、とても良さそうです。国内メーカーで故障が少なそうなのも好印象。

レビューの評価は賛否ありますが、この手のものは使い手のリテラシースマートフォンの性能にも左右されるので、見た感じはあまり気にしなくて良さそうな感じ。

何よりクラウドラッキング機能は今後が期待できそうです。これ、デファクトスタンダードになったら強いでしょうね。

脚本のチカラ

トライガン」「スクライド」「無限のリヴァイアス」…。

僕の記憶に残るアニメの中で、共通する要素の一つ。

脚本、黒田洋介さん。

 

鉄血のオルフェンズの40話を見終わり、スタッフクレジットの最初にこの文字が出たとき、あー、やっぱり!とでもいうべき感覚がありました。

熱くやるせなく切ない話と言えばこの人。この感覚こそ、まさに脚本のチカラだと思います。

 

Amazonプライムビデオに「スクライド」が追加されているので、未視聴の方は是非。

 

 

スクライド Blu-ray BOX

スクライド Blu-ray BOX

 

 

 

松屋がカレー屋さんを滅ぼす日

以前松屋のごろごろチキンカレーの記事でも書きましたが、松屋のカレールーのレベルがカレー専門店顔負けのレベルに達しつつあります。

昨年カレーメニューのルーが全て刷新され、どのカレーを頼んでも、美味しいカレーを食べることができるようになりました。

 

松屋がなぜこのクオリティを実現できるかといえば、おそらくはセントラルキッチンモデルの賜物であろうと思われます。厨房の裏事情を知るわけではないので推測ではありますが、カレールーであれば成分調整だけして大量生産して各店舗にばら撒けばいいので、一度レシピさえ確立してしまえば、どこの店舗でも美味しいカレーを均一な品質で、かつ安価に提供できるようになります。

 

これは成分分析、加工、流通、規模の経済などの条件が揃ってはじめて実現できることではありますが、もはやここまできてしまうと、町のカレー屋さんでは味も価格も勝てなくなります。

勝機があるとすれば高付加価値商品を提供するか、ニッチな好みに応える少し変わったカレーを提供するかだと思いますが、それにしても進歩とは恐ろしい…。

一消費者としてはありがたい限りですが、これから商売はますます難しくなりそうだなーと感じます。

 

「君の名は。」事前情報無しで見に行くべき

ようやく見れました、新海誠さんの新作「君の名は。

予告編のイメージの遥か上を行く出来なので、まだの人は是非見に行ってください。見ると、あと予告編が如何に展開に触れないように、最低限の材料で作られていたか分かります。本当に、変に情報が出回る前に、前情報一切無しで見に行くべき。

 

新海さんの作品の素晴らしいところはとにかく「感情を動かす」ところにあるのですが、この作品もそれに漏れないどころか、歴代の作品の中でもずば抜けています。ホント、このあたりの詳細を語れないのが残念でならない…。

 

人間生きていくのに「愛」ってひつようだなーと強く感じます。